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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)333号 判決 1970年9月30日

更生会社東邦食品株式会社管財人

原告 広瀬通

右訴訟代理人弁護士 若林秀雄

同 恵古和伯

被告 カンロ株式会社

右代表者代表取締役 福永幸一

右訴訟代理人弁護士 堀之内直人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告は原告に対し金五、二二五、九四五円及びこれに対する昭和四四年七月一七日より支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二請求の原因

一  訴外東邦食品株式会社(以下更生会社という。)は、昭和四二年八月一五日訴外株式会社上野美治商店らより東京地方裁判所に会社更生手続開始の申立を受け、同裁判所は翌四三年五月六日右会社に更生手続開始決定をなし、原告はその管財人に選任された。

二  更生会社は昭和四一年九月頃から被告との間に、被告の注文に基づき更生会社が飴類を製造して納入するという継続的取引契約を結び、被告の代金支払は毎月一日から一五日までの納入分に対しては当月二〇日に、一六日から月末までの納入分については翌月五日にいずれも約束手形をもって支払うという定めであった。

三  右契約に基づき更生会社は被告に対し昭和四二年八月一六日から翌四三年四月二九日までの間に別表(一)記載のとおり多数回に亘り飴菓子を納入し、その代金は合計四四、三七八、五七〇円となった。

四  しかるに被告は右代金中五、二二五、九四五円について弁済をしないから同金員及び履行期後である昭和四四年七月一七日以降支払済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する認否

請求原因事実はすべて認める。

第四抗弁

一  被告は更生会社に対し左のとおり債権を有していた。

(一)  被告が昭和四一年一〇月三一日から同四二年七月二二日までの間更生会社より買い受けた飴類のうち別表(二)記載のとおり五、五七〇、六八〇円分相当の不良品を原告に返品して売買契約を解除したことにより被告は更生会社に対し合計五、五七〇、六八〇円の代金返還請求権を取得したが、うち五六四、七三五円の返済を受けたのみであるから、被告は更生会社に対し五、〇〇五、九四五円の残債権を有していた。

(二)  被告は昭和四二年七月一日更生会社に対し茶玉製造用機械を売り渡し、代金債権二二〇、〇〇〇円を取得した。

二  被告は別表(一)記載のとおり前項(一)、(二)の債権を自働債権(別表(一)の相殺日四三年三月一一日の自働債権は二八七、〇〇〇円中二二〇、〇〇〇円につき前項(二)の債権、その余の六七、〇〇〇円につき前項(一)の債権、その他の相殺日の自働債権はすべて前項(一)の債権)、原告の本訴請求にかかる債権を受働債権として、更生会社に対し同表記載の相殺日に相殺の意思表示をなした(以下右相殺を本件相殺という。)。

第五抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

第六再抗弁

一  被告は更生会社手続開始の申立があったことを知ってから後に更生会社に対する本件代金債務を負担し、それを受働債権として本件相殺をなしたものである。

二  このような相殺は、現行の会社更生法一六三条二号の規定が新設される以前においても同条一号の拡張解釈によって禁止されていたものであり、右禁止規定に違反した本件相殺は無効である。

第七再抗弁に対する認否

再抗弁一の事実は認めるが、二の主張は争う。

会社更生法一六二条、一六三条は、いずれも更生債権者または更生担保権者が、更生手続開始後において管財人宛になす相殺に関する規定であって、本件においてその適用を論ずる余地はない。

また新設された同法一六三条二号の規定が、改正法施行以前に更生手続開始の申立てがあった本件に適用がないことは、改正法附則により明らかであるところ、従前の解釈として同法一六三条一号の規定を拡張し本件相殺が無効であるとする原告の主張は、右法条の範となった破産法一〇四条に関する昭和四一年四月八日最高裁判所判決(民集二〇巻四号五二九頁)に反するものであって失当である。

理由

請求原因、抗弁および再抗弁一の各事実は当事者間に争いがない。

そこで本件相殺の効力について判断する。

会社更生法一六二条の相殺権の規定が更生手続開始後管財人に対してなされる場合のものであることはいうまでもないが、更生手続開始前に会社に対してなされた相殺であっても、後日更生手続開始決定があると、同法一六三条の禁止に触れる限り、当初に遡って無効となると解するのが相当である。

ところで、現行会社更生法一六三条二号は昭和四二年七月二七日公布法律第八八号会社更生法等の一部を改正する法律(以下改正法という。)により加えられた規定であるが、附則一項により右法律の施行期日は同年九月二〇日と定められ、同二項により施行前に更生手続開始の申立てがあった事件(旧更生事件)については、別段の定めのある場合を除きなお従前の例によるものとされた。

右一六三条二号については別段の定めはなく、したがって本件については右改正前の会社更生法(以下旧法という。)が適用されるわけである。

旧法における解釈として、同法一六三条と同様の規定である破産法一〇四条につき、破産債権者が支払の停止または破産の申立があったことを知って破産者に対し負担した債務を受働債権とする相殺は、同条三号を類推し一号を拡張して無効となるべきものとする説と、同条は九八条の例外規定であるから安易に類推拡張すべきものではなく有効であるとする説が対立していたことは周知のとおりである。その中において昭和四一年四月八日最高裁判所は被告引用の判決を出し、類推拡張説を採らないことを明らかにしたのである。しかも、改正法は現行会社更生法一六三条二号を新設するに当り、右最高裁判例が出されてから間もない改正であることを重視し、債権者に不測の損害を与えぬ配慮から、右新規定を旧更生事件に適用しないこととしたばかりでなく、附則四項において改正法施行後に更生手続開始の申立てがあった事件についても、改正法施行後に債務負担の原因が生じ、かつ債務を負担した場合に限り適用することにしている。

右経過に照し、右最高裁判例後改正法施行前に更生開始手続申立がなされた本件について、右判例と異なる見解をとって事件を処理することが妥当であるとは到底解することができない。

以上の見地から、当裁判所は、本件相殺について旧法一六三条三号の類推、一号の拡張解釈をすることは相当でないと認め、本件相殺は有効になされたものと解する次第である。

そうだとすれば、原告の再抗弁は理由がないので、原告の請求する更生会社の本件売買残代金債権は被告の相殺によりすでに消滅したこととなり、原告の請求は失当である。

よって原告の請求を棄却し、民訴法八九条に従って、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦)

<以下省略>

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